Discover聴くおいしい記憶#7 「よくしみた、いなり寿司」 山本一力
#7 「よくしみた、いなり寿司」 山本一力

#7 「よくしみた、いなり寿司」 山本一力

Update: 2023-03-27
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キッコーマンは、食にまつわる楽しさやうれしさをつづっていただく「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセー、作文コンテストを応援しています。


今回は、第7回「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセー、作文コンテスト」のために直木賞作家の山本一力さんが書き下ろしたエッセー「よくしみた、いなり寿司」をお届けします。


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「よくしみた、いなり寿司」 山本一力


あれは小6(1960年)の夏休みだった。
同じ小学校同級生の順吉と、鏡川まで泳ぎに行った。ともに母子家庭で境遇が似ていた。
夏休み中、何度も順吉と鏡川に行った。
国体に使った市営プールが鏡川の近くにあったが、5円の入場料が必要だった。
川で遊べばタダだ。しかも橋から川面めがけて飛び込むという楽しみもある。
多くのこどもはプールではなく川で遊んだ。
泳ぎに飽きたら夏日に焼かれた岩に寝そべり、昼寝した。
こどもの体力には限りがない。
麦わら帽子をかぶったふたりは、昼寝から目覚めたあとも家には帰らず、お城に向かった。
順吉もわたしも母親は日曜日もいない。
早く帰ったところで、母から「おかえり」を言ってはもらえない。
日暮れまで外で遊んで帰るのが常だった。
石垣登りを競い合ったあと、お城を出た。
700を超える露天商が並ぶ日曜市も、仕舞いどきだ。
大半の露店は片付けられていて追手筋の通りは歯抜け状態だった。
時計台のある追手前高校の前では、おばやんが露店の片付けに難儀していた。
迎えのひとが来ておらず、ひとりでテントを外そうと躍起になっていた。
順吉とうなずきあい、片付けの手伝いに入った。
小6でも男子ふたりなら役に立つ。
テントもパイプの柱も手際よく片付けられた。
泳いだあと石垣登りまでして、ひどく空腹だった。
パイプを取り外すとき、背伸びした拍子に空腹が鳴いた。
おばやんは順吉だと勘違いして、日焼け顔を向けた。
順吉は言いわけをせず、腹の虫が鳴いた役をかぶってくれた。
手伝いが終わったとき、売れ残りのいなり寿司を一個ずつ駄賃にくれた。
三角の油揚げに詰まった五目寿司。
これが高知のいなり寿司だ。
揚げが大きいので寿司もでかい。
「おおきに。おかげで助かったきに」
迎えのオート三輪荷台に乗ったあと、見えなくなるまでほころび顔で手を振ってくれた。
夕陽を浴びた時計台を見ながら、順吉と惜しみながら食べたいなり寿司。
揚げの甘さが五目寿司に染みこんでいた。
                   *                   
東京のいなり寿司は五目寿司ではなく、白い寿司飯だ。揚げも三角ではない。
が、高知から上京して半世紀を超えたいまは、江戸風いなり寿司に慣れていた。
取材で東京スカイツリー周辺を探訪したとき、いなり寿司の老舗『味吟』を知った。
ハス、切り昆布、刻みニンジンがごはんに混ざっている。
秘伝の煮汁で煮付けられた揚げは、五目ごはんとの相性が見事だ。
「大川の花火の日は、ビールにいなり寿司が昔からお決まりでしてねえ……」
親方の笑顔に、遠い昔、いつまでも手を振ってくれたおばやんの顔が重なって見えた。


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あなたにも、大切な友人との「おいしい記憶」はありますか?楽しかったあの日の「おいしい記憶」が、明日への力になりますように。


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